21 <心 身 症 (肝旺気症) に対する鍼灸治療>
古典鍼灸青鳳会 平成24年6月
本来、心の中の出来事について語ることはタブーとされているのではないだろうか、という考えが私にはあった。 本論から離れることになるが、「ザ・ウォーカー」という映画があった(2010年)。核戦争で壊滅後30年たった世界の物語で、人々は残り少ない水を奪い合って生きている。水を支配する者が、その土地を支配する者となるのだが、水以上に力のあるものが存在することが分る。それは一冊の本であり、その本を運ぶ男の物語が、この映画のテーマなのである。本とはすなわちキリスト教の聖書のことで、聖書は人間の心について書いてある書物だということで、水以上に争奪の的となるのである。 このように大がかりな話でなくとも、たとえば、読書している人の部屋にうっかり闖入するとばつの悪い感じがするということも卑近な例であるし、巷間よくいわれる「電車の中で化粧している女性を見るといやな感じがする」というのも、化粧にまつわる個人の内面的な行為を、公衆の前でなされる破廉恥感が根本にあるのではないだろうか。 そうした事情から、霊、あるいは魂の話というと、人は生来的に避けたく感ずるものであるが、今回のテーマは「心身症」である以上、以下の話は避けられない。いやな感じを受ける人もいるでしょうがお聞き下さいとお断りして、話をすすめます。 ルドルフ・シュタイナーは以下のように、人間と他の生物・無生物の違いを説明しつつ、人間を構成する要素について解説している。 肉体・・・物質としての肉体 人間が死ぬと、肉体は鉱物と同じ物質に戻る 生命体・・・物質としての肉体の生命を維持するもの、崩壊を防いでいるもの。中国古代医学では「気」にあたると思われる・・・正気、精気、陽気(陰気)、營気、衛気 感覚体・・・外界を認識する、人間の意識が活動する場 好き嫌い、快不快の感覚をつかさどる ⇒ 感情 覚醒・睡眠の区別があり、覚醒時に活動する(睡眠時は、感覚・意識がなくなる) 思考体・・・メンタル体 単純な思考 ・・・ 石で箱を壊して、中のリンゴを食べる(ゴリラ) 純粋思考 ・・・ 数学的思考 2+x=5 x=? 1.5 X 24 = ? 暗算で ⇒ 3 X 12 = 36 記憶 ・・・ 思考をもとにした記憶 感情の記憶 意志 ・・・ 成し遂げようとする気持ち 自我・・・自分自身を客観的に見ることのできる者 自分の中の他者であり、意識に存在する神の部分 「世界でその人のことを『わたし』と呼べるのは、その人一人しかいない」 ユダヤ教の神は、名・顔がない(YHWHの神聖四文字で表す) ⇒他者が指し示して呼ぶことのできない、見ることのでき ないもの = 自我 以上を整理すると、下のように簡単に言うこともできる。 鉱物 ・・・体(物質) 植物 ・・・体(物質) + 生命 動物 ・・・体(物質) + 生命 + 感覚(意識) 人間 ・・・体(物質) + 生命 + 感覚(意識) + 自我 シュタイナーは、以上のように人間というものを、ごく大雑把に、しかし分りやすく整理して、我々に提示してくれている。 そして、このように分解してみると、人間の感覚や感情・思考の場である意識が、どんな位置を占めているかよく分ると思う。 これが、素問や靈樞の世界では、これらがどのように整理されているか、見てみることにしたい。 ≪参考≫ 心身症になりやすい人の性格的な傾向として、自己の感情を意識的に捉えることの苦手な人や、想像力・空想力の欠如といったことがあげられるが、これは、不安や不満などの感情を意識上で認識することが苦手なので、身体で現してしまうからだと考えられている。 過敏性腸症候群・神経性胃炎・不整脈・月経不順・高血圧・緊張性頭痛・関節リウマチ・アトピー性皮膚炎・円形脱毛症
肝の旺気を来たしている患者は、身体が実証の場合は肝実、それ以外の場合の多くは、肝虚を呈していることが多い。 肝の実証の場合、肝それ自身を瀉すことは稀で、下に述べるように、肺経を使っていわゆる相剋調整する方が、理に適っているようである。 肝を補うばあいは、肝経から取穴することになる。 身体が実証で、脈も大、洪脈などを呈している場合には、まず照海を補うと、脈を落着かせることができる。奇經治療で、照海-列厥をとっても可。 肝経以外からは、肺経を補って相剋調整する方法がある。 肝に剋される脾経を取る方法もあるが、肝を剋する肺を取ったほうが、成果が上がるようである。 ○孔最、列厥 ○地機
《相剋調整について》 臨床上、いわゆる「相剋調整」の理論を完成したのは福島弘道先生だった。私自身は、福島先生の相剋調整理論を知らないまま、独自の経験からこの治療法に至ったのだが、非常に実用的な経穴の運用法なので、あらためて記しておきたい。 福島先生は、鍼灸古典には、この理論の根拠となる条はないとしているが、強いて揚げれば、素問・五蔵生成篇の条文に付した王冰の注を、それとすることができるだろう。 相克関係は、一方が他方の力を削ぐという関係ももちろんだが、他者からエネルギーを得て互いに力を増す、という意味合いも強い。小竹武夫は「漢書」五行志(ちくま学藝文庫)で、相克関係にある相手を「妃(つれあい、くみあわせ)」と訳して、この協同関係を表わしている。
■素問 五蔵生成篇 第十 肝之合筋也。其榮爪也。其主肺也。 王注・・・木畏於金、金與爲官。故主、畏於肺也。 木は金を畏れ、金とともにやくめ(=官)を爲している。故に肺が主だとは、肺を畏れるということである。 ○ 漢書・五行志七上 昭公の九年「夏四月、陳に火災があった」(と左氏伝にある)。董仲舒の思うよう、陳の夏徴舒が主君を殺したので、楚の厳王はこれにかこつけて陳のために賊を討ちたいと称し、陳は城門を開いてこれを待った。しかるに楚軍は到着すると、陳を滅ぼしてしまった。陳の臣民はこれを恨むことはなはだしく、陰気の極が陽を生じて、そのため火災を招いたのである、と。 劉向(りょうきょう)の思うよう、・・・八年十月壬午、楚の軍が陳を滅ぼしたが、「春秋」は蛮夷が中国 (中原の中つ国)を滅ぼすことを容認しないため、やはり陳に火災があったと書いたのである。「左氏伝」の経文に「陳に火災があった」とあり、その伝文にいう「鄭の裨竈(ひそう)が『五年たてば陳はふたたび封ぜられるであろうが、封ぜられて五十二年でついに滅ぶだろう』と言った。子産がそのわけを問うと、答えて言った。『陳は水の性に属します。火は水の妃(つれあい)であり、また楚を相(たす)けるものであります。いま火星があらわれて陳に火災があったのは、楚を逐いはらって陳を建てる兆であります。妃(くみあわせ)は五の数をもって成るものゆえ、五年と申したのです。歳星が五たび鶉火(じゅんか =星宿の一つ)にめぐり来るに及んで、しかるのち陳はついに滅び、楚が勝ってこれを領有する、これは天の道であります』」と。〔小竹武夫訳・ちくま文庫〕 漢書(かんじょ) ・・・後漢の章帝(AD75~88)のとき、班固によって編纂された、前漢のことを記した歴史書。体裁は、「本紀」十二巻、「表」八巻、「志」十巻、「列伝」七十巻、全百巻。 五行志は、第七上・第七中之上・第七中之下・第七下之上・第七下之下、以上五部を占め、志中でも大きな比重を占めている。また、この芸文志第十に、黄帝内經十八巻の名がはじめて現れる。
≪参考図書≫ ルドルフ・シュタイナー「神秘学概論」ちくま学藝文庫 ルドルフ・シュタイナー「神智学」イザラ書房 小竹武夫訳 「漢書」 ちくま学藝文庫 福島弘道 「経絡治療学原論」上・下 「経絡治療要網」 東洋はり医学会 藤堂明保 「新漢和大字典」 講談社 白川静 「字統」 平凡社